社会に出てから医学部に入る「再受験生」が増えているワケ

かなりの狭き門だが…

 「再受験生」という言葉を聞いたことがあるだろうか。

昨今、医学部の再受験生が、増えているという。

大学や専門学校を卒業し、その後社会に出てから、一旦入学・卒業した学部とは異なる学部学科を目指して再び受験勉強を始める「再受験生」は、昔からわずかながら存在した。

その多くは、特定の学部で勉強しなければ国家試験に受かることが難しい、裁判官や弁護士、公認会計士、医師(受験資格として医学部の卒業が必要)などの専門職に就きたい人たちだ。

一般的に大学入学後に進路を変えたい人は、大学卒業(学士)を要件とする「学士編入試験」や、1、2年次の教養課程や一定の科目の単位取得を要件とする「一般編入試験」を通じて3年次から入学することを目指す人が多い。この「編入ルート」で大学に入り直すと、再受験よりも短い期間で、2回目の大学生活を終えられる。

医学部にも、学士編入や一般編入のルートは存在する。しかし、医学部の編入ルートは、かなりの「狭き門」だ。

かつては医学部でも、編入試験で別分野の学生や社会人経験者を受け入れることは、「多様な経験をもつ医師を養成する」という理念のもと、少人数ではあるが、今よりは積極的に実施されていた。

とはいっても、もともと医学部の編入枠は、化学や薬学、生物学などの医学隣接分野の修士号・博士号取得者など、理系エリートを受け入れる傾向が強かった。その傾向に拍車がかかっている。

なぜなら近年は、医学部を卒業するまでに国際的な医療水準を目指すことが要請されるようになり、臨床実習などでカリキュラムが過密になってきたため、社会人経験者といえども、理科系の素養が少ない人を、短期間で養成することは、実際上困難になった。

こうして、「多様な経験をもつ」人材をとるべきはずの「編入枠」は、理系エリートのキャリアチェンジのためのルートと化してしまったのである。

そのため、文系・他分野からの医学部受験生は、高校3年生と同じ会場で試験に臨むことになり、医学部入試を受ける「再受験生」として、5教科7科目、あるいは、数学Ⅲ分野を含む英・数・理科2科目を勉強するしかないのが現実だ。

医学部は入学から卒業まで6年と、長い。さらに、6年間の授業料が非常に高額なのはご存知の通りだ。そして、入学試験の倍率は高く、その道は険しい。それでも、医師という職業に再チャレンジする人が、増え続けているのである。

 

医学部「再受験生」が増えるわけ

 「再受験生」といっても、他学部の大学2、3年生(20~21歳)から、大学院修士課程や博士課程を修了した者(20代後半)、社会人経験者(20歳代~40歳代、まれに50歳代も)など、実に多様だ。

ただ、医師になるためのルートは、法律家(司法試験)や公認会計士といった他のエリート資格とは異なり、原則的に「医学部(6年制)」卒業が条件となる。

現在、医学部の受験生は、年間14万人程度と言われている。倍率は15倍。猫も杓子も医学部というブームの中で、高校生などの現役受験者は増え続けている。その激しい競争の中に、一度、他の分野に進んだ人も、再受験者として加わることになる。

ちなみに、東欧諸国の医学部に留学し、EU共通の医師国家資格を取得してから、帰国して日本の医師国家試験を受験するというルートがあることも伝えておきたい。選択肢の一つとして検討していただいてもいいと思う。(<日本の医学部に合格せずとも、優秀な医者になる「裏技」があった> 参照)

では、全国82医科大学(医学部)・入学定員計9420人中、何人くらいが「再受験生」なのだろうか。

残念ながら正式なデータは存在しない。しかし、実際に医学部に入学した再受験生からの報告や、公表されたデータから、大雑把な推定は可能だ。その数字は、約10%。医学部の入学定員は100から130人程度なので、1つの医学部につき10人前後は「再受験生」が存在するという計算だ。

意外なほど多くの受験生が、「再受験生」なのである。彼ら、彼女らは強い意志と信念を持って、困難と差別を乗り越え、医師になってくれたのである。

医学部の入学者の内訳は、出身地、男女比、現浪比(高校3年生と1年以上の浪人生の比率)など、各大学のデータ公開程度がまちまちである。加えて、計算方法等が明かされていないことも多く、厳密な比較は難しい。

ただ、現在公表されているデータからは、受験生、合格者・入学者の高年齢化が進んでいることははっきりとわかる。医系専門予備校の「メディカル ラボ」が毎年発行している『全国医学部・最新受験情報』によると、2018年入試においては、以下のような結果であった。

なお、国公立医学部のデータも、いくつか入手可能だが、私立大学と同じようなバラツキであると思っていただいてよいだろう。

上記の表を見てわかるように、なぜか現役合格者が7割近い慶應義塾大学(2浪以上はわずか5%)など数大学を除いて、合格者あるいは入学者のボリュームゾーンは、1浪~2浪にかけてであり、大学によっては、3浪以上・その他の数字が一番多い大学もいくつか存在する。

これは、「女子差別」のほか、「多浪生差別」「高年齢受験生差別」が、多くの大学で実施されていた事実、あるいは実施されていた可能性が高いことが判明する「以前」のデータだと考えると、驚くべき数字ではないか。

3浪・その他の約17%のうち、半数以上が、他の大学や専門学校への入学、就職等を経験していると推察される。

なお、この数字がどれだけ普通でないかは、一般の大学入学者の属性を調べるとわかる。

文部科学省が、全国の大学・学校を対象に実施している「学校基本調査」には、年齢別の大学入学者数が出ている。

最新のデータである「平成30年度版」によれば、大学入学者の総数のうち、18歳(現役)が77.8%、19歳(1浪)が16.9%、20歳(2浪)が2.8%、21歳(3浪)となると、0.9%で、100人に1人にも満たない。大学進学者全体では、現役進学者が8割近くを占めており、医学部に比べて浪人・高年齢入学者が圧倒的に少ないのだ。

社会経験を積んでから「医師になる」

 このように、いまや多くの他学部入学者・卒業者、社会人などが、リスクを冒して、医師になる夢にチャレンジしている。

大手予備校傘下の、社会人大学入学専門予備校などには、医学部への学士編入・再受験を目指して、非常に多くの20代、30代の「高年齢受験生」が集まっている。そのほとんどは、「学士編入試験」の見かけ以上の難しさ、不透明さに途中で気づき、編入ルートを諦め、一般入学試験に切り替えて、医学部合格を目指す。

彼らは、もともと医師を目指していたが、途中で一度挫折し諦めた者、大人になってから医療の道を目指し始めた者など、動機は人それぞれだが、みな真面目に、そして、かなり真剣かつ現実的な目的意識をもって、受験に望んでいる者ばかりである。

私の指導したことのある人で言えば、文系大学生、海外大学の卒業生、予備校講師、看護師、薬剤師、主婦、一般のサラリーマン、フリーター、世界一周旅行をしていた者、経営コンサルタント、税理士、会計士、弁護士、歯科医師、獣医師、等々、ほとんどの職業ジャンルがそろっている。

彼らのほとんどは、自らの経験を活かして、医師として、社会で(再)活躍したいと真摯に願っている、真面目で賢い人たちである。

先に述べたような、大学カリキュラムの過密化と、無根拠な「高年齢差別」により、合格できる実力をつけていても、入学が許されなかった「再受験生」も少なからずいる。

ただし今年度の受験から、少なくとも「高年齢差別」だけはなくなるはずだ。私の教え子たちのことを考えると、これまで行われてきた差別には怒りの感情しか湧かないが、それでも、この差別が露呈したことによって、再受験合格の可能性はわずかでも上がったのだ。

人生100年時代と言われるこれからの世の中では、数年の「寄り道」など、なんてことないはずだ。むしろ、「再受験生」のもつ多様な経験をポジティブに判定できるような、入試制度の再設計と、医療界の意識改革が必要と言えるかもしれない。

実力のある多くの「他分野の有志たち」が、これからの医療の世界で活躍するようになることを期待したい。

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